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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)3681号 判決 1979年8月30日

原告 小山國弘

被告 俊朝寺

主文

本件各訴をいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  主位的請求の趣旨

(一) 被告から原告に対する東京簡易裁判所昭和四四年(イ)第九五七号即決和解申立事件の和解調書和解条項第八項に基づく強制執行を許さない。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

2  予備的請求の趣旨

(一) 原被告間の昭和四五年二月五日の死因贈与契約に基づく原告の被告に対する原告の死亡を条件とする別紙物件目録記載の建物の所有権移転義務及びその登記義務の存在しないことを確認する。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  請求の趣旨に対する第一次答弁

(一) 原告の主位的訴を却下し、予備的請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

2  請求の趣旨に対する第二次答弁

原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原被告間には、東京簡易裁判所昭和四七年(イ)第九五七号即決和解申立事件の和解調書(以下「本件和解調書」という。)が存在し、その和解条項第八項には、「原告は被告に対し昭和四五年二月五日原告所有の別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を死因贈与し(以下「本件死因贈与契約」という。)、かつ、右所有権移転登記手続はその死因贈与の執行者においてなし、その執行者の指定は被告に委託する。」旨の記載がある。

2  原告は、被告に対し、昭和五二年四月一五日到達の書面をもつて、民法五五四条、一〇二二条に基づき本件死因贈与契約を取り消す旨の意思表示をした。

3  よつて、原告は、被告に対し、主位的に、本件和解調書第八項の執行力の排除を求め、予備的に、本件死因贈与契約に基づく原告の被告に対する原告の死亡を条件とする本件建物の所有権移転義務及びその登記手続義務の存在しないことの確認を求める。

二  請求の原因に対する認否

請求の原因事実は全部認める。

三  被告の主張

1  主位的請求に対する本案前の主張

(一) 原告が生存している限り本件死因贈与契約は効力を生ぜず、原告は本件和解調書第八項による執行を受けることはないのであるから、原告には、その執行力の排除を求める当事者適格がない。

(二) 本件和解調書第八項において、強制執行の対象となる所有権移転登記手続について債務者として表示された者は、遺言執行者であつて、原告ではないのであるから、原告には、その執行力の排除を求める当事者適格がない。

2  本案の主張

本件死因贈与契約は即決和解においてなされたものであり、贈与を受ける被告にとつても過大な負担を背負つており、本件死因贈与契約はこの負担と密接不可分な関連を有するのであるから、単純にこれのみを取り消すことはできないものと解すべきである。

第三証拠関係<省略>

理由

一  主位的請求について

まず、本件請求異議の訴の適否について判断する。

原被告間に本件和解調書が存在し、その和解条項第八項には、「原告は被告に対し昭和四五年二月五日原告所有の本件建物を死因贈与し、かつ、右所有権移転登記手続はその死因贈与の執行者においてなし、その執行者の指定は被告に委託する。」旨の記載のあることは当事者間に争いがないけれども、債務名義として執行力を生ずるのは、強制執行に適する性質を有する特定の給付請求権・給付義務を直接具体的に文言化して記載した事項に限られるものと解すべきところ、右和解条項第八項の記載がこれに該当しないことは、その表示された前記文言自体から明らかである。そうすると、本件請求異議の訴は、そもそも債務名義でない文書について提起された不適法なものといわなければならない。

二  予備的請求について

次に、本件確認の訴の適否について判断する。

確認の訴は、原則として法律関係の存否を目的とするものに限り許されるのであつて、事実関係については訴訟法上特に認められた「法律関係ヲ証スル書面ノ真否ヲ確定スル為ニ」する場合(民訴法二二五条)の外はこれを提起することはできない。それは、法令を適用することによつて解決しうべき法律上の争訟について裁判をなし、もつて法の権威を維持しようとする司法の本質に由来する。すなわち、法律関係の存否は、法令を適用することによつて判断しうるところであるに反し、事実関係の存否は、経験則の適用によつて確定されるのであり、経験則の確認、これが正当な適用ということは司法本来の使命とは直接関係はなく、法令適用の前提問題たるに過ぎないからである。そしてまた、その法律関係についても、ただ現在時における存否のみがこの訴の対象として許されるのであつて、ある過去の時点におけるその存否、もしくは将来時におけるその成否というようなことは、確認の対象とすることは許されない。民事訴訟法は、現在の法律関係の確認を許すだけで、この種の訴を認めた立法目的を達成するに必要にして十分であるとしたものと解せられる。けだし、過去の法律関係の存否は、たとえそれが現在の法律関係の存否に影響を来たすべき場合においても、それは単に前提問題としての意義を有するに止まり、当該現在の法律関係の存否につき確認の訴を認める外、かかる過去の法律関係の存否についてまでこの種の訴を認める必要はないのであり、また、将来の法律関係なるものは法律関係として現在せず、従つて、これに関して法律上の争訟はありえないのであつて、仮に、ある法律関係が将来成立するか否かについて現に法律上疑問があり、将来争訟の起り得る可能性があるような場合においても、かかる争訟の発生は常に必ずしも確実ではなく、しかも、争訟発生前予めこれに備えて未発生の法律関係に関して抽象的に法律問題を解決するというが如き意味で確認の訴を認容すべきいわれはなく、むしろ現実に争訟の発生するを待つて、現在の法律関係の存否につき確認の訴を提起しうるものとすれば足りると解せられるからである。このことは、現存する給付請求権について、それが条件附又は期限付であるとき、「予メ其ノ請求ヲ為ス必要アル場合ニ限リ」将来の給付の訴を提起しうるものとした民訴法二二六条の規定の存在することに徴しても容易に理解しうるところであろう(最高裁判所昭和三〇年(オ)第九五号同三一年一〇月四日第一小法廷判決・民集一〇巻一〇号一二二九頁参照)。

本件において、不存在確認を求める請求の原因の要旨は、原告は、原被告間の東京簡易裁判所昭和四七年(イ)第九五七号即決和解申立事件の本件和解調書の和解条項第八項において、昭和四五年二月五日、被告との間で、原告所有の本件建物を被告に死因贈与することを約したが、昭和五二年四月一五日到達の書面により、被告に対して右死因贈与を取り消す旨の意思表示をしたので、右死因贈与に基づく被告に対する原告の死亡を条件とする本件建物の所有権移転義務及びその登記手続義務の存在しないことの確認を求めるというのであるから、その請求の趣旨は、原被告間の本件死因贈与契約に基づく法律効果としての法律関係の不存在の確認を求めるものであることは明らかである。(なお、原告主張どおりの死因贈与がなされ、そしてそれが取消の意思表示がなされたことは、当事者間に争いがない。)

ところで、元来死因贈与は死因行為であり、贈与者の死亡によつてはじめて贈与の目的たる財産の移転の効果が発生するのであつて、その生前にはかかる効果は発生しないから、原告主張の本件建物の所有権移転並びにその登記義務は、贈与者である原告の死亡によつて将来発生する法律効果といわなければならない。のみならず、贈与者の死後の財産に関する処分については、遺贈と同様、贈与者の最終意思を尊重し、これによつて決するのを相当とするから、死因贈与については、遺言の取消に関する民法一〇二二条がその方式に関する部分を除いて準用される(最高裁判所昭和四六年(オ)第一一六六号同四七年五月二五日第一小法廷判決・民集二六巻四号八〇五頁参照)。したがつて、一旦、死因贈与がなされたとしても、贈与者は何時でも右死因贈与を任意取り消すことができる。そうすると、本件確認の訴は、現在の法律関係の存否を対象とするものではなく、将来原告が死亡した場合において発生するか否かが問題となりうる本件死因贈与契約に基づく法律関係の不存在の確定を求めることに帰着する。しかし、現在においていまだ発生していない法律関係のある将来時における不成立ないし不存在の確認を求めるというような訴が、訴訟上許されないものであることは前説示のとおりであつて、本件確認の訴は、その主張するところ自体において不適法として却下せざるをえない。

(なお、念のため付言すると、当事者間に争いのない事実によれば、本件死因贈与契約は、原告の取消の意思表示によつて取消され、失効したものと解するのが相当である。しかし、そのことと本件確認の訴に確認の利益があるか否かは別個の問題である。)

三  そうすると、本件各訴は、その余の点について判断するまでもなく、不適法なものであるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 井田友吉 林豊 三木勇次)

別紙物件目録<省略>

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